はじめに

将棋棋士の羽生善治氏が、どの対局だったかは覚えていないが、テレビ解説者として次の一手をボードで示し(歩をタダで捨てる手で、一見どういう効果があるのか不明)、聞き手がその手の意図を促した際に、「これは、おまじないです」と応じたシーンが記憶にある。おまじない(呪い)とは、本来、超自然的・魔術的なものが語源だが、天才棋士たる羽生氏の選択する手である以上は、単なるゲン担ぎや神頼みの類いとは思われない。推察になるが、その手自体が例えば「以前似た局面でこういう手がうまく行ったことがある」くらいの、多分に感覚的で根拠として薄弱なものだったので、そうした他人に説明できそうにない、説明しても仕方のない性質のものを、「おまじない」という一語に柔らかく込めたのではないか、と思うが、どうだろうか。

この「おまじない」が頭をよぎるのは、サラブレッドの配合について語ること、語られることのある部分には、どうにも説得力がついていかない、という事情と関係しているのかもしれない。上記の将棋の話で言うと、将棋というゲームは、相手がこう来たらこう、こう来たらこう、という合理的な思考を争うものだろうが、ある地点から先には人智の及ばない世界にも接続している(指運という用語もある)。これから展開していく配合論もこれに似て、合理的に考察できる部分もあるにはあるが、そもそも語りえない世界に属している部分も明らかに存在しており、羽生氏の「おまじない」を冗長に語らない潔さ、を見習うべき場面に遭遇するケースも出てくるだろう。

本コラムでは配合を専ら「合理的に考察する」ことを主題に据えるつもりである。最初に記してしまうと、現在の筆者の認識では、インブリード(近親交配)には比較的合理的に検討しやすい側面があるが、ニックスは「おまじない」の側面が強く、「成功する配合」を論じるのは難しいが、「失敗を軽減する配合論」の方には余地があるかもしれない、という印象をもっている。ただ、万事あまり固定的には捉えず、随時更新されていく現実の方に注意を払いながら、考察を進めていく所存である。

注)本コラムの趣旨とは関係ないが、羽生善治氏にはインブリードがあることが知られている(父、母の祖母が同一)

サンデーサイレンスのインブリードの現在

時事的なテーマとして、現在の配合関連の大きな関心事は、爆発的に数が増加しているサンデーサイレンス(以下、SSと表記)のインブリード馬の状況、にあるのではないだろうか。以下、まずは、現状のデータをざっとおさらいし、細部については追って検討を加えていきたい。なお、全頭集計はなかなか困難で、今回はSSの血をもつ代表的な種牡馬の産駒をピックアップして、分析対象としている。

SS孫世代の種牡馬オルフェーヴルジャスタウェイキズナドゥラメンテ(この馬のみ母父がSS。他はSS直系)、ミッキーアイルシルバーステート

SS曾孫(ひまご)世代の種牡馬エピファネイア(母父父がSS)、モーリス(父母父がSS)、リオンディーズ(母父父がSS)

注)SS曾孫世代の直系種牡馬にはエポカドーロなどがいるが、まだ産駒は登場していない

蛇足ながら、SSの直仔世代であるディープインパクト、ハーツクライ、ダイワメジャーらは血統表の2代目にSSが位置し、SSインブリードの配合馬をみることはかなり稀。今回の分析でランキング上位種牡馬によるインブリード馬は概ねカバーされることになるが、ランキング中位のゴールドシップやスクリーンヒーロー、キンシャサノキセキらの産駒が対象から漏れていることとなる。

以下、2歳以上の産駒を対象に集計、SSインブリードの有り、無しでの重賞勝馬の分布の違いを把握しようとしている。加えて、更にもう一段裾野を拡げ、より頭数の多いオープン馬の分布も併せて示している(注:重賞勝馬はオープン馬としてもカウントされている)。

【上記SS孫世代種牡馬(内訳は上に記載)の産駒・現2歳以上】
産駒血統登録数 2167頭
・SS3×2 0頭
・SS3×3 219頭 →全体の10%を占める
・SS3×4 177頭 →全体の8%
・その他 1771頭 →全体の82%
上記の2167頭の内、重賞勝馬は29頭
・SS3×3 0頭
・SS3×4 3頭 →SS3×4馬の1.7%(3/177)が重賞勝馬
・その他 26頭 →その他の1.5%(26/1771)が重賞勝馬
上記の2167頭の内、オープン馬は74頭(上記重賞勝馬はここでもカウントしている)
・SS3×3 4頭 →SS3×3の1.8%がオープン馬
・SS3×4 11頭 →SS3×4の6.2%がオープン馬
・その他 59頭 →その他の3.3%がオープン馬

【上記SS曾孫世代種牡馬(内訳は上に記載)の産駒・現2歳以上】
産駒血統登録数 1024頭
・SS4×2 8頭 →全体の1%を占める
・SS4×3 653頭 →全体の64%
・SS4×4 89頭 →全体の9%
・その他 274頭 →全体の27%
上記の1024頭の内、重賞勝馬は7頭
・SS4×2 0頭
・SS4×3 5頭 →SS4×3馬の0.8%が重賞勝馬
・SS4×4 0頭
・その他 2頭 →その他の0.7%が重賞勝馬
上記の1024頭の内、オープン馬は14頭(上記重賞勝馬はここでもカウントしている)
・SS4×2 0頭
・SS4×3 10頭 →SS4×3の1.5%がオープン馬
・SS4×4 1頭 →SS4×4の1.1%がオープン馬
・その他 3頭 →その他の1.1%がオープン馬

注1)重賞はG1~G3、JPN1~JPN3。オープン馬はJRAにおける収得賞金1600万円超、2歳馬については500万円超。SS3×5・SS4×5(頭数は少ない)はその他に含まれている

注2)念のため記すと、SS孫世代ではSSインブリード馬の比率が18%、SS曾孫世代では73%と偏りが著しい(現状世代的にSSの血を持つ繁殖牝馬はSS曾孫世代との交配が選択されやすい)ために、構成比を考慮せずに平板にみると、オルフェーヴルなどのSS孫世代はSSインブリードの活躍馬があまり出ていないのに、SS曾孫世代のエピファネイア産駒などでは成功例が多い、と映ってしまう点に留意をいただきたい(単に頭数が多いという要因も大きい)

こうした分析では集計方法で多少見え方が変わってしまうこともあるが、データサンプル数としてはだいぶ揃ってきており、上記で相応の精度は期待できそうである。今後の更なるデータ蓄積をフォローする必要はあるが、この分析ではSS3×4、SS4×3には、一貫して中立よりは上の効果が観察でき、SSインブリードの優位性が示されていると考える。そうであるなら(SSのインブリード自体に効果があるのなら)、SS3×3の数値がもう少し良さそうなもの、という疑問が生じるが、先験的に3×3というインブリードの濃度がやや過度である(リスクもある)という認識がある程度共有されていると思われることから、この点の追求は行わない(そもそもこの点を掘り下げるのは不可能と思われる)。時系列的に眺めれば、SS3×3からSS3×4、SS4×3の時代に移行し、よりSSインブリードの効果が現れやすくなっている、という見方が妥当ではないだろうか。

注)SS3×3からは、キョウヘイ(父リーチザクラウン、母父ダンスインザダーク)、クールキャット(父スクリーンヒーロー、母父ダンスインザダーク)らがでており、成功例が皆無なわけではない

なお、上記SS曾孫世代(SS直系ではない)の有意性が相対的に若干脆弱にみえること、SS孫世代の中で母父がSSのドゥラメンテにはインブリード馬による活躍馬がこれまで出ていない(重賞勝馬1頭、オープン馬3頭にはSSインブリードがない)ことを踏まえると、インブリードの効果がSS直系種牡馬の産駒に現状集中してみられているという傾向が観察されることを、一応頭の隅に置いておきたい。

ところで、統計手法としてみると、上記のサンプリングは結果的に明白な偏りを生じており(質が相対的に高いと考えられる輸入牝馬はほぼSSインブリードが発生しない → 上記の「その他」の数値を押し上げている可能性が高い)、それを考慮した場合、SSインブリードの有効性は、実際には今回観察されたものより大きい可能性がある。この点は、次回少し掘り下げて考察していきたい。